ととやの茶碗
青山二郎先生の愛好した骨董は数々ありましたが、晩年もっとも珍重したものの一つが「ととやの茶碗」です。ととやは魚屋とか斗〃屋とも書く李朝の茶碗で、名称の由来は堺の豪商魚屋(渡唐屋)が朝鮮から取り寄せた事からとか、利休が魚商の店頭で見出したとか諸説あります。
他のととや茶碗と異なり、井戸茶碗を思わせるような大振りな姿で薄い釉薬がかけてありビワ色の肌の中に青色の窯変があります。全体に多くのつぎはぎがあります。この茶碗の割れたいきさつは別冊太陽「青山二郎の眼」の中で白州正子さんか詳しく書いています。堂々たる形は見る人を圧倒します。
この茶碗は元々は島津家伝来の品で箱書きはかの斎彬公。島津家から家臣の小森家へと伝わり、小森氏から壺中居の広田煕氏へ、広田氏から青山先生へと移ってきたという茶碗です。一昨年9月から昨年8月まで全国4美術館で開催された「青山二郎の眼展」にもこの茶碗は出品され、数ある名品の中でもひときわ目を引く存在でした。
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