FC2ブログ

宇野千代きもの、小紋、草木染、藍染等、埼玉県熊谷市の着物(きもの)染色工房

青山二郎先生との出会い

青山二郎
               青山二郎先生(昭和42年那須宇野邸にて)

宇野先生の家に伺うと先生はいつも古くすすけた大振りな八角形の湯飲みでお茶を出してくださっていました。それまで先代伊三郎は京都の問屋の仕事もしていて毎月のように京都に行っていて、時々その頃新進の陶芸家であった清水卯一氏の家に行ったりもしていました。だから陶器に全く興味が無いわけではなかったのですが、骨董というような古いものには全く知識がありませんでした。
ある時先生は先代に「横田さんはきもののことが分かっているつもりでしょうが、陶器のことも分からないできものが分かるはずはないのよ。」といわれたのでした。「では、私に陶器のことを教えてください。」というと先生は、「私には教えられないから、青山二郎を紹介するわ。」といって、すぐに電話をかけて青山二郎先生の原宿のマンションに連れていってくれたということでした。それから先代は青山先生のお宅や美術館に足繁く通いました。数年して青山先生に「横田、焼き物を作ってみないか?」とすすめられ。自分で陶芸をはじめることにしたのでした。当時はちょうど日本陶芸クラブなどが始まった頃で、アマチュア用の陶芸用具が発売されはじめた頃で、一通りの道具をそろえて家族中で陶器を作りはじめました。焼き上がると青山先生のマンションにいき批評していただくようになりました。
私も先代とともに青山先生のマンションにいくようになり、先生のコレクションをだして手にとって教えてくださいました。当時、青山先生は東京オリンピックの高速道路用地買収で多額の補償金が入った後で、2軒分をつなげた広いマンションに買い集めた多くの名品に囲まれて暮らしていたのでした。今思うと、若くして考えられないような名品を手にとって見ることが出来たのはこの上ない幸運でした。宇野先生の言うようにきものの染色にも大きな力になっているように思います。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

サイトマップ | サイトポリシー | リンク